大学で準教授、そして学科長を務めながら、長年スポーツの現場で多くのアスリートを支え続けてきたアスレティックトレーナーの吉田先生にお話を伺いました。
スポーツのトレーニングや怪我の予防と聞くと、とにかく筋力を鍛える、効率よく体を大きくするといった肉体的にきついイメージを持たれる方も多いかもしれません。しかし、吉田先生の理論はそうではありません。
怪我を未然に防ぎ、選手が本来持つ可能性を最大限に引き出す場所でありたい。その純粋な志を掲げる吉田先生ですが、かつては自分に何ができるのかを泥臭く自問自答してきた過去を持ちます。現場を支える学生トレーナーや共に切磋琢磨する選手たちと固い絆で支え合いながら、教育・指導スタイルを築き上げてきました。
今回は、現場のスピード感を重んじる実践者としての決断、そして地域や未来の世代へと繋ぐ温かい志についてじっくりとお話を伺いました。

キャリアの原点。スポーツの世界で直面した葛藤

―― 本日はよろしくお願いいたします。まずは、吉田先生がトレーナーを志した原点とこれまでの経緯から教えてください。
原点は私自身が学生時代にバスケットボールをしていて、腰痛や骨折などとにかく怪我がちだったことです。怪我で苦しむ選手を減らしたいという思いがすべての始まりでした。しかし当時はまだトレーナーという言葉すら世間に浸透しておらず、インターネットもない時代。どうすればなれるのか分からないまま、とりあえず体育系の大学に進学しました。
在学中にアメリカのスポーツ現場を見る機会があり、スポーツ医学やアスレティックトレーニングを学ぶには、アメリカの大学の方が良いと身をもって感じました。そこで、大学を中退して、アメリカに留学して本格的にアスレティックトレーナーを目指し始めました。ただ、そこからの道のりは平坦ではありませんでした。
―― トレーナーとして順風満帆なスタートではなかったのですね。
はい。5年間の留学期間を経て、トレーナー資格取得(帰国)後は関東の大学などで働いていましたが、トレーナーとしての契約、スポーツ医科学研究所の研究員、体育学部の非常勤講師など、いわゆる正規雇用ではない状況がしばらく続きました。トレーナーの教育をしたいという強い思いはあっても、大学教員のポストは良いタイミングで空き枠がなければ入れない非常に狭き門です。
頑張ってもなかなか報われない日々が続きましたが、2010年に初めての専任の仕事として、この浜松のキャンパスに着任することになりました。本当に素晴らしいタイミングとご縁に恵まれたと感じています。
現場のプロと支え合う。実践者としての立ち位置

―― 大学での準教授と学科長という立場、そして現場のトレーナーとしての業務をどのように両立されているのですか?
大学教員としては教育と研究の義務がありますが、私は実験室にずっとこもるより、現場で実践研究を行うタイプです。現場で選手や学生トレーナーたちを指導しながら、実際の現場に即したリアルな課題を見つけ、研究し、それをまた現場に還元するスタイルを大切にしています。
2年目となる学科長としては会社の管理職のようなものですが、これまでに就いたことのない役職ですので、年齢や専門性の異なる先生方をまとめ、学科を運営していく難しさや、自身の力不足を日々感じています(笑)。だからこそ、周りの先生方の協力を仰ぎ、全面的に信頼して任せることで組織としてお互いを認め合うカルチャーを作りたいと考えています。
―― 指導される学生や選手たちに対しては、どのようなスタンスで臨まれているのでしょうか。
本学に進学する学生は、プロやトップを目指すアスリートだけではありません。(中高保健体育の)教員になりたい学生、アスレティックトレーナーになりたい学生、健康運動指導士を目指す学生、もしくはまだ道が決まっていない学生など、多様な希望を持った学生がいます。
着任当初の2010年頃は、私自身「大学生はこうあるべきだ」「トレーナーを目指すならこうしなさい」と、かなり画一的な考え方を押し付けてしまっていました。でも、様々な学生と関わるうちに、この考えや指導法では自分にとっても、相手にとってもストレスが多いだけで、成長につながらない不適切な指導だと気づいたんです。
どれだけこちらがベストを尽くしても、本人がそれを求めていなければいらないアドバイスになってしまう。今は、相手を理解することを第一に考え、その人の自己実現のために私が何を柔軟に提供できるか、そのために自分の引き出しを増やすことを意識しています。
利益や外見の効率を追わない。怪我ゼロを設計する引き算の決断と誠意

―― 指導や研究において、吉田先生が最も大切にされている軸は何でしょうか。
一言で言えば、目先のトレンドや効率、数値だけに全振りしないということです。今のスポーツ界では科学的根拠(エビデンス)に基づいて実践することが好ましいこととされています。もちろんそれは重要ですが、科学的な検証を待つまでに何年もかかってしまっては、その間にいる目の前の選手たちに最新の知見を提供できなくなってしまいます。
だからこそ、私はリスクがないと判断したものは現場でどんどん試し、選手からリアルタイムにフィードバックをもらいながら、スピード感をもって実践に取り組んでいます。
―― 肉体的なトレーニングだけでなく、最近は脳や目に注目されていると伺いました。
はい。かつてアメフトの現場にいた際、フィジカルを鍛えてスピード能力の測定数値を向上させても、実際の試合でのスピードが改善されていないという壁にぶつかりました。その原因を探る中で行き着いたのが身体ではなく予測や判断の能力(脳と目)だったんです。今では、当たり前のような話ですが、20年前はフィジカルトレーニングが優勢の時代でした。どれだけ体が強くても判断を間違えればパフォーマンスは発揮できず、むしろ大怪我にも繋がる可能性があります。
怪我をした選手を治療やリハビリをするのではなく、そもそも怪我を起こさない(スポーツ障害・外傷予防を設計する)ことこそがアスレティックトレーナーとしての私の使命だと確信し、この領域を深く追求し始めました。

―― まさに身体の専門家としての誇りがあるからこその、本質的なアプローチですね。
一流の選手ほど、足をどう動かすか、バットをどう振るかといった動作を無意識(脳の小さな領域)で勝手に処理しています。お箸を使うときに持ち方をいちいち考えないのと同じです。考えるエネルギーや脳のキャパシティを別の思考や判断に割けるからこそ彼らはトップでいられる。
気になる目の動きや視野と意識のズレを、パーソナルや小グループのセッションを通じて選手自身に脳の癖を自覚してもらう。それがリンクして、確かに自分はこういう動きの癖があると選手が納得し、日頃の癖を変えていく。そしてより良いパフォーマンス発揮につながる。そういう対話のプロセスに私はやりがいと楽しさを感じています。
地域の声、子どもたちの未来を守る。

―― トップアスリートの指導だけでなく、地域の子どもたちへの活動にも力を入れられているそうですね。
はい。20年ほど前から、大学生の運動能力の低下を感じており、年々それが強い危機感を覚えるようになりに変わっていきました。原因を突き詰めていくと幼少期の環境の変化や競技の早期化にありました。
通常であれば中高生に多かった腰椎分離症(ようついぶんりしょう)というスポーツ障害が、今や小学校低学年で見つかるような事態が起きています。これは、競技の早期化が原因と言えます。また一方で、縄跳びができない小学生も増えているなど、体力・運動能力の二極化が進んでいます。子どもの健康や運動能力は、子ども本人の問題ではなく、教育現場やご家庭など周囲の環境に依存しているんです。
―― 人生100年時代と言われる現代において、非常に深刻な課題ですね。
その通りです。心配なのは子どもたちの健康寿命(=健康上の問題で日常生活が制限されずに過ごせる期間)です。今は男女ともに70歳代ですが、これが大幅に引き下げられるのではないかと、強い危機感があります。
そのため、2018年からは喫緊の課題解決のための地域貢献活動として子どもたちの基礎体力やコーディネーション能力(体を思い通りに動かすための調整力)を養う活動を広めてきました。一つの競技だけに早期から特化させるのではなく、外遊びを含めて色々な運動を楽しく体験して、感覚を磨き、蓄えてほしいと思います。それが将来のスポーツ外傷・障害を減らすことや、健康寿命の延伸へ繋がると信じて活動しています。
そして、部活動の地域移行も、子どもの健康やスポーツの普及を脅かす新たな問題です。部活動の地域移行が進むと、本気でやりたい子、緩くやりたい子の受け皿が両極端になるのではないかと思います。そして、一定数の何も加入しない子どもも増加します。だからこそ、環境に依存せず誰もが適切なタイミングで適切な認知機能・身体機能をトレーニングできる土壌を、この浜松にしっかりと作りたい。世界で活躍する大谷翔平選手のような、突き抜けたアスリートを輩出できる環境を整えることが私の大きな目標です。
やらない後悔より、やって納得。1人ひとりが輝ける未来へ
―― これからの人生や研究の中で、どのような理想の未来像を描いていますか?
常々、明日死んでもいいと思えるくらい、毎日心残りのないように生きたいと思っています。こう言うと将来に対して無責任に聞こえるかもしれませんが、アメリカでアスレティックトレーナーの資格を取るという目標を必死に追いかけていた若い頃と違い、一度プロとしての目標を達成したあと、次に自分がやるべきことは何かをずっと模索し続けてきました。
その結果行きたどり着いたのが、教員やアスレティックトレーナーの本質でした。それは自分を磨き続け、指導対象者(学生、選手、子どもたちなど)の成長や健幸(健康+幸福)を全力で応援するという使命だと感じています。
インタビューを終えて
効率やスピード、目先のデータばかりが追い求められる現代のスポーツ・教育現場において、吉田先生が大切にしている怪我を減らしたい人間味のある教育・指導スタイルは、深い説得力に満ちていました。
そう語る吉田先生のしなやかな覚悟と、選手の無意識の感覚にまで五感を研ぎ澄ます実直な姿勢こそが、多くの教え子や地域から絶大な信頼を寄せられる最大の理由です。
大切な子どもたちの未来の健康を守りたい。スポーツを通じて本気で自己実現を果たしたい。そんな方は、ぜひ一度、吉田先生の提唱する脳と目、そして身体を繋ぐ温かい指導の世界に触れてみてください。
そこには、あなたや次世代の可能性を笑顔で引き出してくれる、心強い情熱が待っています。



